皆様と一緒に宮城県の未来を考える・・・自由民主党・宮城県議会議員・相沢みつやのHPです 
トップページへ 新着情報 プロフィール 基本理念 政策 活動内容 論説 一般質問・討論 メッセージ
議会質問・討論

相沢みつやの考えと主張

─戦後70年に思う─

宮城県議会議員 相沢みつや

戦後70年に思う

平成27年(2015年)は先きの大戦から70年という節目の年で、さまざまな行事や出来事が数多くありました。
ちょうど10月に宮城県議会議員選挙があり、何とか7期目の最高年齢当選を果たすことが出来ましたが、選挙戦では、 9月に参議院で可決成立を見た「安全保障関連法」に対する世論の動向が色濃く影響しました。
自民党所属の現職県議として、この問題に終始真正面から訴えた戦いでしたので、「戦後七十年首相談話」と「安全保障関連法」について、 改めて自論を披瀝させていただき、皆様のご批判を仰ぎたいと思います。

戦後70年首相談話について

 平成27年8月14日、安倍晋三首相は戦後70年談話を発表しました。 総合的に見て内容、論旨、キーワードの使い方、歴史認識と未来志向の表明、英訳を一緒に公表したことなど、熟慮に熟慮を重ねた思いがゆきわたり、 素晴らしい出来映えだったと思います。
「日露戦争は、植民地支配のもとにあった多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。(中略) 二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。先の大戦への深い悔悟の念と共に戦後一貫して、平和と繁栄のために力を尽くしてきた。 こうした歴代内閣の立場は、今後も揺るぎない。(中略) あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。」 実に画期的な表現でした。
 中国・韓国の反応は、安倍首相が謝罪・侵略・植民地支配・お詫びなどのキーワードを文章の流れの中で巧みにつかったことでケチをつけられず、 朴大統領の「物足りない部分が少なくないのは事実だ」というコメントを紹介する程度で終わったのは、明らかに安倍首相の作戦勝ちでした。
安倍談話が歴代内閣談話の立場を今後も揺るぎない、として継承包含したことによって、村山談話などは形骸化して話題にのぼらない道を辿ることになりましょう。 めでたしめでたしです。
 戦後70年という区切りは、今後も80年、100年と続くのでしょうか? もうこれ以上の新たな談話は、誰が首相になっても不要と思います。
 どの国にもエポックメーキングな年というのはありますが、自らの力で変革や再起をなしとげたのならともかく、戦争に負けて授けられた恩恵を有難がり、 謝罪を繰り返すのはどんなものでしょうか。結局、自国の歴史を否定的に描き、反省するばかりになり、日本史の豊かさや素晴しさを肯定的に受容できなくなってしまいます。
 戦前は全て暗黒、悪と決めつけてしまうのは、あまりに歴史に無知ですし、明治・大正・昭和と国難と戦い、悪戦苦闘しながら近代化に励んだ先人達に失礼だと思います。 戦後日本がいち早く復興できたのは、戦前すでに世界有数の工業レベルに達していたからでしょう。

 民主主義についても、日本は驚くなかれ6世紀の昔、聖徳太子の十七条憲法の「和をもって尊し」とする中で、今でいう民意をよく汲みとるという点で 民主主義に通じる教えを説いています。
また、明治天皇は、五箇條の御誓文で、「広く会議を興して万機公論に決すべし。上下心を一にして盛んに経綸を行うべし」と述べられ、まさに民主主義の思想を 語られています。
明治23年10月、明治天皇によって渙発された教育勅語は、井上毅らの労作ですが、わずか350文字の中にわが国の教育、特に道徳の淵源と国のかたちを説き、 その普遍的な道理は、日本精神として日本人の心をつくり上げただけでなく、当時の欧米人から高い評価と賞讃を受けました。
このようなことは、大東亜戦争(当時の日本の呼称)の敗戦を機に、占領軍によって一切否定され、70年の時の経過の中でほとんど忘れ去られてしまいました。 歴史は常に勝者がつくるといわれるように、戦後70年の日本史は、占領政策の意図した形そのままに、今日に至っています。 しかし、公正な第三者の眼で見れば歴史の真実というものがあぶり出されます。
 例えば、日本は侵略戦争をしたといわれます。日中戦争がほとんど中国本土で戦ったことから、首相談話にあるように「痛切な反省と心からのお詫びの気持ち」を 忘れてはなりません。
 しかし、かのマッカーサー元総司令官が1951(昭和26)年5月、アメリカ上院軍事外交合同委員会で「日本が戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に 迫られてのことだった」と証言したことを、我が国のマスコミはあまり触れません。
そして日本が敗戦と決まった1945年にベトナムがフランスから独立、46年にフィリピンがアメリカから、47年にインド、パキスタンがイギリスから、48年セイロン(スリランカ)、 ビルマ連邦がイギリスから、49年インドネシアがオランダから、53年ラオス、カンボジアがフランスから、57年マレーシアがイギリスから、アジアの植民地が次々と 欧米列強から独立していった事実は、大東亜戦争の掲げた目的の一つが、我が国の敗戦という絶望的な極限の中で、アジアの黎明となって花開いていったからに他なりません。
私が、申し上げたいことは、何もその功績を誇ろうとするのではありません。しかし、歴史は表と裏、過去・現在・未来の長い時間軸の中で、冷静に公正に、 評価分析して初めて真実の姿が現れることを共有していただきたいのです。

〈追記〉最近読んだ本で、加藤陽子(東京大学文学部教授)氏の著書「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」(朝日出版社刊)は大変感銘を受けました。 わが国の近現代史に関心のある諸兄に、ぜひご一読をお薦めします。

安全保障関連法について

平成27年9月19日未明、与野党の緊迫した情況の中で、集団的自衛権行使を限定的に可能にする安全保障関連法案(平和安全法制ともいいます)が 参議院本会議で自民・公明・次世代など五党の賛成で可決、成立しました。
私が所属する宮城県議会本会議でも再三取り上げられた法案でしたが、新聞マスコミの多くが連日「戦争法案」「徴兵制が復活する」などと、ヒステリックなほど 一方的な報道に終始したことは、大変疑問に思いました。

確かに国民にとって分かりにくい法案であったとは思います。全体の法案が11本編成であり、国会の質疑も神学論争の如しでした。
国民のこんな一人言が聞こえてきます。「憲法九条の文言を素直に読めば、陸海空の軍隊は持てない、交戦権は認めないとあるのに自衛隊は・・・まぁいいか、 東日本大震災での大活躍もあったから、国民の90%以上が自衛隊を認めているし、でも個別的自衛権はともかく集団的自衛権となるとなあ、 なんか地球の果てまで行くこともあるって本当かよ、やばいぜそれは・・・そのうち少子化で自衛官のなり手がなくなれば、徴兵制?ダメダメ!絶対反対!」 徴兵制など絶対起こりえないことを、あると刷り込まれているのです。
賛成派にとって致命的な打撃は、6月の衆議院憲法審査会で、自民・公明両党推薦の長谷部早大教授が参考人質疑で「安全保障関連法案は憲法違反」と述べるという、 同氏を指名した与党側の大失態があり、世論が一気に反対の潮目に変わったことでした。
ところで、60年安保改定当時一橋大学生だった私は、国会を取巻くデモ隊の数は今回の何十倍の規模で、まさに革命前夜の雰囲気だったことを憶えています。 そして、何と今回の反対のシュプレッヒコールが55年前と全く同じだったのです。「安保反対!」「戦場に送るな!」「徴兵制反対!」は今なお耳に焼きついています。
つまり、反対派が主張したことは55年経った今日まで一切起こらず、むかし猛反対した「現」日米安保条約をいつの間にか是認したうえ、 新たに集団的自衛権の行使が加味された「新」日米安保条約に強硬に反対するという、明らかな自己矛盾を示しております。
さて、安全保障関連法は、集団的自衛権を行使するには、新三要件として次の条件がある場合のみとしています。
@我が国に対し、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由、 幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があり、
Aこれを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために外に適当な手段がなく、
B必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと、以上の要件が全て満たされたとき、集団的自衛権の行使が始めて認められるのです。
その抑止力は、極東アジアの最たる軍事大国で、海洋進出のためには力づくでも現状を変更したがる中国や、核・ミサイル開発に積極的で、いつ、 何をしでかすか予測がつかない独裁国家北朝鮮の軍事行動を、未然に防ぐ効果があります。
これまで世界は冷戦のときでも、北大西洋条約機構(NATO)のように、集団的自衛権で戦争を防止し、平和を守ってきました。
だからこそ世界の主要な国々は、安倍内閣の積極的平和主義と安全保障法の成立に54ヶ国が賛成し、歓迎しているのです。
しかも今回五党合意によって内閣の決定に際して、国会の承認手続きが厳格に運用されることになりました。つまり、もし理不尽な海外派兵など決めようものなら、 内閣は国会での追求に迫られ、小選区制の我が国では一気に国民の信を失い、あっという間に弱小野党に転落してしまいます。
一方、中国や北朝鮮は共産党の一党独裁国家であり、軍隊も国に対してではなく、党(すなわち党の指導者)に対して忠誠を誓っているだけに、 突然の独断的行動に走る危険性をないと考えることは、国家として国民に対し無責任と言わざるを得ません。
我が国が先んじて他国へ軍事行動を起こすことは未来永却ありえませんが、相手国の軍事力に対し、十分対抗しうる軍事力のバランスを保持し、 それでも足りないときは同盟国の力を借りて、想定内・想定外を問わず、非常事態を抑止することが肝要です。
戦争か平和か、と問われれば誰でも平和を望むのは当たり前です。特に先の大戦で甚大な人命と国富を失った我が国では、いたずらに軍隊などない方が平和だ、 いや、侵略するよりも侵略された方がよい、という極端な声まで聞かれます。
 しかし、それはとんでもない考えです。未来の日本を担う子供達が、他国の支配下で自由も民主主義も失い、美しい国土や、先人達がつくり上げてきた 我が国の歴史・伝統・文化をドブに捨ててもよいと言わんばかりの、愚かしい自虐的平和主義というものでしょう。
 そこまで行かずとも、マスコミの多くは、戦前自ら軍国主義、帝国主義をあおった反省(?)なのか、政府を牽制、批判するに急の反面、 国際情勢や近隣国の軍事力の脅威にはあまりにも能天気であるように思います。
大東亜戦争では実に310万人の軍属、民間の日本人が貴い人命を国に捧げました。日本の政府も国民も、二度とそのような悲劇を繰り返してはならないことを 骨身に沁みて分かっております。しかし、国家として必要不可欠な範囲の防衛力を整備し、全世界が当然と見なしている集団的自衛権を行使することを 危険視する思想は、彼等が意図する平和への道をかえって危うくするものです。
安全保障関連法が戦争法だなどというデマに惑わされず、自信と誇りをしっかり持ち、何よりも同胞である日本人を信頼して、明るい平和への道を一緒に 歩もうではありませんか。

 最後に、これまで述べてきました[相沢みつやの考えと主張]について、ご感想やご意見がございましたらご遠慮なくお寄せください。
今後ともよろしくお願い申し上げます。

相沢みつや連合後援会 事務所 連絡先